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河沢の通称「鍛冶山」に墳丘墓(塚)?

2019年4月4日
読了時間: 1分

 仲間の一人から「鍛冶山」に山城の情報があり、4月1日に山城研究家の佐藤春雄氏から現地を見てもらった。堀切らしい遺構があるが山城である断定は困難であるとのことであった。

 その代わりに、尾根の最先端部(入河沢川の崖上)に直径3~4mの墳丘墓(塚)と思われる構造物が見つかった。その後尾根伝いを東側に向かうと、東田中の小字忠善寺の上部にもう一つ塚と思われる構造物が見つかった。

 佐藤春雄氏は、遺跡調査の手伝いを多くした経験があり、塚であることは間違いないだろうとの見解であった。

 平安時代から鎌倉時代の塚であるかもしれない。河沢には、吉川沿いに高沢入遺跡、八幡遺跡、河沢塚があるが山手にも遺跡の痕跡が。今「鍛冶山」はカタクリの花盛り。

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