観音様
今日は河沢の観音様の祭日である。4月17日、8月10日、同月17日の3回が祭日である。
仏の降誕、降臨、示現、誓願などの縁(ゆかり)のある日を縁日といい、千手観音菩薩は毎月17日、観世音菩薩は毎月18日が縁日であるという。法華経「観世音菩薩普門品第二十五」(観音経)には、観世音菩薩はあまねく衆生を救うために相手に応じて「仏身」「声聞(しょうもん)身」「梵王身」など、33の姿に変身すると説かれているという。そうすると千手観音も観世音も同一菩薩となるので17日が縁日であっても不思議ではない。しかし8月10日は何故祭日となったのだろう。
ところで、河沢の観音様にまつわる話として次の二つがある。どちらも土中から出現したというが本当のところは不明である。
一つは、(吉川町史に記載されている)岩井寛市氏の話によると、寛永年間(1661~1672 年)に岩井又兵衛が土中から掘り出したとの言い伝えがあるとし、唯念寺古文書(江村昇家所蔵、1941年(昭和16年)新潟県知事あて仏堂所属認可願)に「260~270 年以前、岩井又兵衛という百姓、ある夜の夢に聖観音枕元に立ち給たまい我われ忠善寺の地下に埋没すること久し、汝我を掘り来れと告げ給うこと七夜に及ぶ」 と観音様の謂れいわれが書かれているという。
もう一つは、天林寺の亡上杉ウタ氏の伝える口伝(江村洋一家所蔵の内藤清一著吉川町誌稿より) がある。私共の村の奥へ行くと、二つの谷が分かれて左右に一つずつ用水池があります。右手の 方の池は休傳寺池と呼び、昔は其の所に休傳寺というお寺があったそうです。 或る時、河沢の某 と云うお百姓さんが寝ていますと、枕元に観音様が姿を現されて、「私は 休傳寺の柿の木の下に埋められているから、汝の手で掘り出せ」と言われて消えてしまいまし た。 某は不思議のあまり夜が明けて早速休傳寺へ駆けつけました。なるほど柿の木があります。 掘ってみると、なるほど夢のお告げ通り観音様が現れました。某は大変喜んで家へお連れ申 し上げました。その後、某は考えて永く家に留まって 戴 いただ くことは不敬に至るとて、顕法寺へお 納めしました。ところが皆さん、不思議ではありませんか、某がお寺から家に帰って見ると、さ っき顕法寺へお納めした筈 はず の観音様がちゃんと家に帰って居 お られました。 今では某の家の裏に御堂を建て、其の所に丁寧にお祀りしてあります。
写真の毘沙門天と不動明王は盗難にあい、現在は祀られていない。
Comments